2ヶ月にわたる遠距離生活が始まった

2ヶ月にわたる遠距離生活が始まった

2020年になってから新型コロナウィルスが猛威を振るっている。そして僕の心の中は相変わらず娘ちゃんへの抑えきれないほどの愛が猛威を振るっている。もはやこれは狂気なんじゃないか・・? と自分を見失ってしまいそうである。

だがだ、だがしかしだ、恐ろしいことに娘ちゃんとの遠距離生活が始まってしまったのだ。ソーシャルディスタンスところじゃないよ! ロングティスタンスだよ!

離婚したわけではない

勘違いを生まぬよう、ひとつだけ申しておきたいのだが、子育てのパートナーと言うべきか、娘ちゃんの母親と言うべきか、嫁なる存在と離婚したわけではない(仮に離婚しても親権だけは・・どうか、神様・・)。

娘ちゃんとの遠距離生活は、妻なる存在が体内に新たな生命を宿したことがきっかけとなった。女房なる存在がこの世にまた一つの命を産み落とす予定は8月下旬。

そのため出産準備ということで7月の下旬から9月下旬頃まで、約二ヶ月の間、家内なる存在が里帰りすることになったのだ。それ自体は特にどうってことはないのだが、娘ちゃんも人質のごとく連れて行くという。

「オーマイガー!」だなんて普段は口にもしないような言葉を心の中で連呼したわけだが、さすがに僕もフルタイムで仕事をしながら子育てに専念できるわけでもない。致し方なく2ヶ月間にわたり親権をカミさんなる存在に譲ったのだ。

コミュニケーションツールに感謝

そんな理由があって遠距離生活をスタートすることになったわけだが、現代テクノロジーにとても感謝している。

たとえ離れていても「みてね」なんかのアルバム共有アプリを利用すれば日々の姿を確認できるし、ビデオ通話だってできてしまう。どれだけ離れていても顔を見ながらお喋りできてしまうなんて、人類の英知に乾杯だ!

でもビデオ通話していると、急にバイバイといって切られてしまうことがある。そうすると夏の終わりのような、線香花火が終わったときのような、一抹の寂しさが心にともるのである。

成長を間近でみられない苦痛

どれだけテクノロジーの力に頼ろうとも、やはり娘ちゃんのぬくもりを肌で感じられないのは寂しいものだ。それになにより、娘ちゃんは離れていてもどんどん成長していく。

ちょうどタイムリーなことを言うと、本日はひとりで「でんぐり返し」ができるようなっていた(のを動画でみた)。できることなら目の前で見て、その成長を褒め称えてあげたいところだが、それができない。

「ファッキュー!」だなんて普段は口にしないようなことを心で連呼するばかりだ。子供の成長は本当に早いもので、2ヶ月という期間でどれだけ成長するのだろうか。

会いに行くこともできない

義理の両親に嫌われているわけではないのだが(たぶん)、新型コロナウィルスの影響もあり、そうそう気安く会いに行くことはできない。

実は嫁の実家は人口2500人ほどの離島にあり、そこには病院すらない(もっと言うとコンビニすら、自動販売機すら、信号すらないのだ)。

そんな村社会に新型コロナウィルスを持ち込んでしまえば、間違いなく村八分だ。ともすれば怒り狂った島民から、娘ちゃんと僕は悪魔の使者扱いされかねない。娘ちゃんに会いにいく行為は、めちゃくちゃリスキーなのだ。

あぁー、2ヶ月もの長期にわたり娘ちゃんに会えないのか・・自分の中の狂気を押さえ込むだけで精一杯の夏になりそうだ。

おわりに

この夏は何の思い出も作れない夏になるだろう。娘ちゃんと一緒にプールに行くことも、スイカを食べることも、花火を見ることだってない。色鮮やかさを失った灰色の夏。グレーサマーウイカだ。

でも娘ちゃんのことを思い出すときなんかないんだ。だって忘れることがないからね!(元ネタ:浜崎あゆみのHANABI)。身体は離れていても心は一つなのだ。