最近娘がパパよりママを選ぶようになっている(お風呂での出来事)

最近娘がパパよりママを選ぶようになっている(お風呂での出来事)

最近の僕の中の大きな懸念事項のひとつは、娘ちゃんがパパよりもママを選ぶようになってきたということ。あぁ・・ あんなにパパびいきだった(ように感じているだけ)娘ちゃんが、急にママびいきになる(これは間違いない)なんて、少々悲しくもある。

とは言っても、これも成長の証なんですかね。

 

急に一緒のお風呂を嫌がるように

あれはなんでもないような一日の夕刻のことだった。

僕が家にいるときは、娘ちゃんをお風呂に入れるのはパパの役目となっているので、僕が体を洗い終えたタイミングで嫁が娘ちゃんをお風呂に連れてくる流れになっている。

「風呂は命の洗濯だ」なんて言いながら娘がお風呂に入ってくるのを待っていたのだが、浴室の中に入って僕と二人きりになった瞬間、烈火のごとく泣きだしてしまった。

 

WHY!? どうしたんだ??

 

あやしてみるも、いっこうに泣き続ける娘ちゃん。なにが原因かも分からないし、虐待かってくらいの大声で泣いてしまう。

もう本当にどうしたらいいんですか? って感じ。バスロマンでも入れたら、もっとロマンティックにお風呂タイムを楽しめるんですか? って感じ。

その日は急いで頭と体をあらって、早急にお風呂タイムを終わらせた。

 

翌日以降も状況変わらず

まぁそんな日もあるよね。なんて思いながら深く考え込むこともなかったんだけど、翌日お風呂に入れるも、またもや同じような展開になってしまった。

そこで一つの疑念が芽生える。「もしかしてお風呂が嫌ではなく、パパと二人が嫌なのではないだろうか?」と・・・

3日目もめっちゃ泣いて状況変わらず。ということで、4日目はママとお風呂に入ることになった。そうしたらおとなしくお風呂に入っているものだから、どうしてもパパが嫌であることを認めざるを得なかった。疑念が確証にかわった瞬間だった。

 

シャワーを頭からかけると絶対あくびするんだよな、なんて僕だけしか知らないような娘ちゃんの生態を思い出しては、一緒にお風呂に入ってた時期は楽しかったな。なんて思いをはせる。

なんでもないようなことが幸せだったのだと気付くのである。虎舞竜は何も間違っちゃいない。これが真理だ。

 

生存本能を考えればしかたない

お風呂に限らずだが、あらゆる場面で母親を求めることが多くなっている気がする。

まぁ・・ 幼児にとって母親というものは絶対的な存在だし、四六時中、身の回りの世話をしてくれる存在になびいた方が、生存本能という意味でもあるべき姿だろう。母性本能という言葉もあるように、やはり母親という存在は偉大なのだ。

それに僕自身も家を留守にしがちなところもあるし、一緒の時間をなかなか作ってあげられないことにも原因はあったりする。

 

おわりに

赤ちゃん・幼児は日々ものすごいスピードで成長している。遊びの場面でも、食事の場面でも、嫌だったものが急に好きになったり、好きだったものが急に嫌になったりもする。

こうしたことも含めて、成長なのだろう。だから今回の件も、娘ちゃんの心の成長ということにして、丸くおさめておこうか。

・・とは言いつつも、一抹の寂しさだけは心に残るんだけどね。